山じい完全ウォッチング

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“ヨシタケ”

唯一の海外工場が全損…タイ洪水からわずか3ヶ月で生産を再開させた驚異の復活劇|おもろい企業 ヨシタケ(中編)2/3

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『おもろい企業探索ツアー』第9回は株式会社ヨシタケ。
このシリーズは名古屋工業大学に縁のある企業を訪問して社長や役員、名工大卒業生に話を聞き、山じいの視点からその魅力に迫るという企画です。中編をどうぞ。

 

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朝から元気な街、バンコク

初めてのタイの朝はウォーキングから始まった。

バンコクのメインストリートから一本入ったところにあるホテルから表に出ると、通りにはいろいろな屋台が出ていて、朝6時前だというのに美味しそうな朝ごはんを売っている。
メインストリートのショッピングモールにはスタバもあればマツキヨも、ラーメンの幸楽苑まであって、いやいやタイ人どんだけ日本食好きなの
!?ってカンジ。

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でもさすがに朝6時からショッピングモールは開いてないので、屋台で美味しそうな春巻きの揚げ物を3本20バーツ(約70円)で買い食いした。
「知らない国に来たら先ずは買い食い」と決めているが、浅野っちから「お腹を壊すといけないので仕事が終わるまで買い食いは
NG」と言われていたので揚げ物にしておいたよ。
タイの屋台は麺でもスープでもビニール袋に入れて渡されるんだよね。
どうやって食べるんだろうか?
焼きそばがチョー美味そうに見えたんだけど、ちょっと手が出せなかった。

 

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YOSHITAKE WORKS THAILAND LTD.

さて、お迎えの車に乗り込み高速道路で一路チョンブリ県へ。
バンコクへ入る上り車線は通勤ラッシュの車でパンパンだけど、チョンブリ方面へ向かう道は空いており気持ちの良いドライブであった。
途中、タイの東京工業大学と言われるモンクット王工科大学を右手に眺めながら走ると早川工場長が「今は高専卒の子ばかりだけど、ゆくゆくはこの大学からも学生を採りたいんだ」と呟く。
「頑張って、早川さん」と山じいも心の中で呟いた。

チョンブリまではバンコクから小一時間、タイで一番大きなアマタナコーン工業団地の横を通り抜けて高速道路を降りたあとはどんどん畑の中に入っていく。
幹線道路からさらにサトウキビ畑を抜けた先にヨシタケ・タイ工場、
YOSHITAKE WORKS THAILAND(以下、YWT)はあった。いやいや~広い。
ヨシタケの小牧工場と比べると、とても同じ会社とは思えない驚くべき広さ。
東京ドーム3.8個分の敷地だそうだ。

 

YWTの歴史〜未曾有の洪水で唯一の海外生産拠点が操業停止

まずはアユタヤ水害からの奇跡の復活の話を聴かせてもらった。

ヨシタケがタイに進出したのは1989年で、アユタヤ県北部のサラハッタナコン工業団地に工場を構えた。
ところが2011
年のモンスーン期に立て続けに上陸した台風がもたらした大雨でタイ北部から中部にかけての低湿地帯は前代未聞の大洪水となり、10月4日ヨシタケの工場も一日で水没し一時は水深が4.5メートルに達したそうだ。

数日経っても水が引かない状況の中、現地入りした社員はタイ国軍の舟を借りて工場の二階の窓から中に入ったそうだ。
社長はその報告を電話で聞いた時に「創業以来、最も大きな損害になる。」と思ったそうである。

そりゃそうだよ、製造装置から製品までほとんど水の中に沈んでしまえば使い物にならなくなるのは必然で、復旧までにどれだけの手間や費用が掛かることやら。

小牧工場は部品の製造をほとんどタイ工場に委ねており、そこが水に浸かれば小牧工場の製造もストップする。
水が完全に引くまでに二か月半がかかったそうだ。
このドラマはヨシタケのサイトにも動画付きで詳しくまとめられている。

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復興は彼にしかできない…即座に現地入りした剛腕ハヤカワ

しかし、ここで諦めなかったヨシタケの経営陣を始めとする彼らによる復活劇が素晴らしい!
その立役者がヨシタケの越後屋(山じいが勝手に命名)こと早川工場長。
彼とその仲間たちによるヨシタケタイ工場の復活劇は後々までヨシタケのプロジェクトXとして語り継がれることだろう。

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当時4年半のタイ勤務を終え、帰国して小牧にいた早川氏。
ちょうどタイのビザを持っていたのが運の尽きか?社長からの厳命が飛んだ。

「早川、お前に任せた!設備投資は私に直接行ってくれ。」

身の回りと気持ちの整理をつけると、復興に必要な40数kgの荷物が預けられるANAが飛んでいた羽田空港からすぐに日本を発った。
ぐるり機中を見渡すと皆、タイの日系企業関係者ばかり。

6時間のフライトの後タイ上空に差しかかり、窓から覗いた光景を見て皆ががっくりと肩を落としたそうだ「ダメだこりゃ。琵琶湖のようだ・・・」。

なんとバンコク市内を流れるチャオプラヤ川は消失し、大きな大きな泥水の湖が広がっているではないか。
アユタヤに着いて見た惨状はいよいよ想像を絶するものであり、前述のタイ国軍の舟を借りる羽目になったのだ。

 

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YOSHITAKE WORKS THAILAND のジェネラルマネージャー早川工場長

驚異的なスピードで生産を再開できた秘訣は「人」

まず、プロジェクトXヨシタケ編で越後屋がやったこと。

1.従業員の士気の確保(給料を保証し工場が水に浸かっていても仕事を用意した)。
2.仮工場とそこで使う工作機械の発注・生産体制の確保。
3.移転先の土地の探索と、地主・地元役人や警察署との折衝。
4.新工場の建設とチョンブリでの従業員の確保。

これだけのことを復興チーム15名とわずかな現地従業員は、水没から半年という驚異的なスピードで片付けたそうだ。
タイには「転勤」という文化がなく、移転先は通勤できる距離でもないためほとんどの従業員は故郷を離れなかったが、上司の熱心な説得によって1/4もの従業員が遥々170km離れた土地へ引っ越しをしてくれたそうである。
転勤
という彼らの勇気ある決断がヨシタケの復興を加速させる大きな力になったことは言うまでもない。
また財力があるヨシタケは、工場に掛かっている保険金の支払いを待たずして1年で加工・組立工場を新設できたことも非常に大きいだろう。

早川工場長のマネジメント力と人材、人脈、財力、すべてがあったからこそのスピード復活劇だった。
年後の11月には新しく鋳造工場まで立ち上げ、ヨシタケのYWTの原型を築き上げたそうである。

 

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早川工場長の人間力…恐れ入りました

災い転じて福となすこのアユタヤ水害はヨシタケを大きく成長させたように思う。
バンコクの夜に呑みながら聞いた、早川工場長の語るヨシタケ復活劇は余りにも凄まじく、とてもここ
に載せられるものではない。
水戸黄門大岡越前を見ていない君たちには分からないかもしれないが、早川工場長をヨシタケの越後屋と呼称させてもらっていることから推察してほしい。

マジな話、早川工場長は人間の本質をよく理解し、上手に人脈と財力を使うことのできる人だと理解した。
たった3日のタイ滞在だったが、その短い時間でのホスピタリティーや、うちのかあちゃんの無理難題なお土産要求(どこで仕入れたのか知らない情報だけど、カービング細工用の古典ナイフを買ってこい!)への対応やら、山じいは早川工場長の凄さを存分に知ることとなり、そしてオーナー企業だからこそできる意思決定や会社運営を再認識させられた。
ヨシタケはとてもやり甲斐のある中堅メーカーだと。

 

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新天地は工業団地を選ばずあえて畑の中…キーワードは「もう二度と浸水しない土地」

さて、ヨシタケのタイ・チョンブリ工場を解剖してみよう。
越後屋が人脈を辿って探し出してきた新天地は広大なサトウキビ畑で、地盤が固く大きな池が四つもあって工場立地には最適な土地だった。
電気は通っておらず、幹線道路から
1km弱も電線を引っ張ってくる羽目にはなったがアユタヤ県の工場の9倍もの広さだそうだ。
チョンブリの工業団地からは離れたところにあるものの、だからこそ素早く・格安で手に入れることが出来たそうだ。

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ステキな食堂で感じたヨシタケの「人を大切にする姿勢」

昼は社員食堂で従業員と同じ昼食を頂くことにした。昼食代は無料という。
会社の事を知るにはまず社食。
人間にとって食べることはとても大事なことだから。

でね、この社員食堂がなんと言っても素敵。
大きな池を中心に半弧上に作られた屋根付きテラスで、160ヤード先に見えるのは富士山を模した築山

今日のランチメニューは魚フライの煮付けと、肉詰めゴーヤスープにタイ米
豪華ではないが非常に美味しい昼食で、現地従業員は大満足の様子であった。

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テラスの前の池には鯉やら鯰の類がウヨウヨ。
釣りができるように稚魚を放流していて、大きものは2mにもなるらしい。
従業員はその魚を釣り放題で、釣った魚は夕飯にしていいんだって。
さらには、工場敷地内に植生されているマンゴやグァバ、バナナも採り放題らしい。
こんなところにも現地従業員、特に寮生に会社の生活を楽しんでもらいたいという早川工場長の気持ちが感じられた。

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タイ人は男性よりも女性の方が勤勉で、何時もニコニコ気持ちよく働いていると思っても労働環境が合わないとすぐに辞めてしまうらしい。
だから、優秀な人材を留め置きたい工場長としては、あの手この手で現地従業員の働きたい環境作りに一生懸命なんだ。
このことは各事業部を回らせてもらう中で働き方への工夫という形で、早川工場長ら日本人スタッフの努力として随所に表れていた。

 

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鋳造の金型から内製できることの強み 

昼食の後は、製造工程に従って工場の肝である鋳造工場から見て回った。

ヨシタケの製品は蒸気配管の調圧バルブが主力である。
その材料は鋳鉄やステンレス、そして青銅だが、鋳鉄と青銅製品は鋳造物なので鋳造工場を自社内に持っているということは、品質や価格面においてとても有利である。

ヨシタケもタイ工場を作って初めて鋳造から製品を作ることができるようになった。

鋳造は製品の型を砂で造り、その隙間に熔かした鉄を注入し、冷却固化して砂型を破壊して取り出す仕組みだが、その砂型を作る金型からヨシタケは作っているのである。

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今までさまざまなメーカーを取材してきたが、この規模の会社で鋳造、さらには金型まで内製しているメーカーの取材は初めてである。

鋳造工場なので冷却対策など大変かと思ったら、四つある大きな池の水をふんだんに使った水冷システムを組み立てていた。

工場は56×100mの広大な建屋で、高さも33mもあって柱が一本も無い吹き抜け造り。中のスペース取りや大型機械の搬入なども自在で、造型ラインを思い通りに組み上げることのできる構造。地震の無い土地柄の利点だ。 

 

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現地に適応したルール作り〜モチベーション管理は報酬金制度で

また、タイの人たちはのんびり屋で放っておくとどうしても楽な方に流れがちな性格なので作業効率を上げるための仕掛けもそこここに見受けられた。
例えば、小ライン毎にチームで作業効率を競わせて効率を見える化する。
それも金額でだよ。この方がリアリティーがあって効果が大きいらしいですわ。
Aチームは今月は10万バーツ稼ぎましたが、Bチームは9万バーツでした」なんてね・・・。
その期末に目標達成したチームには報奨金が出る仕組みになっている。
と言っても一月にチームで3000
バーツ(1万円ぐらい)である。
でもこれを集めてチームでパーティーをするのが現地スタッフのモチベーションになるらしい。
タイ人には難しい協調性を根付け、目標達成する仕組みを考えるのが早川工場長だ。
タイの人をよく理解していないとできないことだ。

 

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多種多様な工作機械が並ぶ加工現場

次の機械加工工場ではCNC(コンピューター制御)旋盤が所狭しと導入されていた。
鋳造された部品を削り成型するわけだが、いかに効率を上げ、不良品を出さないか、そのためにはコンピューター制御が必須。それぞれの工程に最適な各社の工作機械が導入されているんだ(これは小牧工場も同じ)。
でもコンピューター制御を進めると、旋盤を手で回して細かい物造りができる「THE 職人」が育たないらしい。
だから、このタイ工場では工作機械のメンテナンスもある程度は自社でやり、また手動の旋盤の活用も進め、従業員の技術を磨かせているんだって。
THE 職人」は小牧より多く育っているそうだ。

旋盤で出た削り屑は回収しブリケット化しリユースされている。
早川さん曰く、「わが社では乾いた雑巾をさらに絞って利益を出さにゃあかん!」のだそうだ。
それにしてもいろいろメーカーの様々な種類の
CNC旋盤が活躍していたなぁ。
これらは全部早川工場長が目利きをし、各メーカーの特性や価格を考慮して導入しているそうだ。
バルブ一つ造るのにもこれだけの工作機械が必要なんだと改めて感心した。

  

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早川工場長の配慮とこだわりが詰まったマザーファクトリー

最後は組み立て工場。
ここの内容はほとんど小牧の本社工場と同じで、違っているのは働いているのがタイの人たちだってことだ。
ここでも工夫は随所に見られた。もう山じいのおもろいシリーズではお馴染みとなったトヨタ生産方式TPS、それもカイゼン
工場内にはよくあるカイゼンボードとポイントボード(不具合発見ボード)があり、顔写真付きで競わせていました。
これももちろん評価基準となり、高評価工員にはボーナス時にポイント単価を支給する仕組み 

また、この工場には最後の品質チェック部門があり、ここは他部署と違ってエアコンの効いた特別な部屋の中で一品一品圧力をかけてみて漏れが無いかを確認するのだけど、面白いのは二階にあって全面ガラス張りなのでエアコンで涼んでサボっていると工場全体から見つけられてしまう構造になっており「人の見える化」がされている。
隅々まで早川工場長の配慮が行き届いている工場であった。

 

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この勢いを小牧工場にも!すっかり意気投合しタイを後に

早川工場長は上手に現地従業員にアメとムチを使い分けているんだよね。
工場内でも叱るところはこっぴどく叱るけど、褒めるところは言葉だけでなく、報奨金を使って褒めるんだ。

越後屋よ・・そちも相当やるのう」と山じいは思わず呟いていた。
本当に人心掌握に長けた人だと感心したが、かくいう山じいもこの三日間のタイ滞在で完全に越後屋の術中にはまってしまった。

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帰りのフライトを待つ間に、山じいと早川工場長は空港近くのMK というタイスキレストランで「小牧の開発の連中をどんどんタイに来させて、自分で開発した製品の金型造りから設計工程を体験させて、そしてこのタイの勢いをヨシタケ全体の勢いにしていくことが大事ですよね。」と語り合ったのであった。

早川さん、本当に3日間何から何までお世話になりました。
山じいは、タイとドリアンと越後屋早川さんが大好きになって日本に帰ってきたのであった。

山じい

 

 

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株式会社ヨシタケ
http://www.yoshitake.co.jp/recruit/

1944年創立、愛知県名古屋市瑞穂区に本社を置く自動調整バルブのメーカー。1990年にJASDAQへ上場してから30年間連続黒字を記録。バルブは社会的インフラの一部だが競合企業は少ない。1990年頃からタイに生産拠点を持ち、十分な価格競争力と品質を持ったバルブを世界に普及させるために市場を切り開き続けている。「自分の存在意義が感じられる仕事をしよう」という意味を込めた「ダケ感」という標語を掲げ、自分にしかできない仕事で活躍できる人生を提案している。

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インターンシップのお知らせ

こんにちは!株式会社ヨシタケ 人事の浅野です。
2019年12月7日(土)8(日)の2日間、モノづくりの面白さを体感できるインターンシップを実施します。
その名も「第一回 世界バルちゃん飛ばしコンテスト」。
オリジナル「投てき機」を創ってバルブの妖精「バルちゃん(ぬいぐるみ)」をどれだけ遠くに飛ばせるか競う、ヘンテコなインターンシップ
テーマは「モノづくりは、もっと無邪気でいい」。
自由な発想を形にする「自分ならではのモノづくり体験」ができる2日間です。
食費・宿泊費は全て支給、交通費も一律3,000円を支給します。
名工大生のご応募お待ちしています!

株式会社ヨシタケ2DAYSインターンシップ 第一回世界バルちゃん飛ばしコンテスト
日程 2019年12月7日(土)8(日)
〆切 2019年11月29日(金)
会場 ヨシタケ小牧工場 等
対象 全学年全学科
特典 コンテスト上位入賞チームは豪華食事会へご招待。

詳細はマイナビをチェック(受付中)
(株)ヨシタケ【東証JASDAQ上場】のインターンシップ | マイナビ2021 

株式会社ヨシタケ 
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