山じい完全ウォッチング

名工大生の就活に必要な情報を発信中。名古屋工業大学キャリアサポートオフィス長 山下教授に完全密着。Presented by welcomes inc

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はじまりは高性能な戦闘機のためのネジづくり|おもろい企業 メイラ(前編)

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おもろい企業探索ツアー第20回は、『メイラ株式会社』。
このシリーズは名古屋工業大学に縁のある企業を訪問して、社長や役員、名工大卒業生に話を聞き、山じいの視点からその魅力に迫るという企画です。では前編をどうぞ。(過去の特集一覧はこちら

人にも機械にも肝心要の「ねじ」

今回紹介するのは、名古屋市に本社を置き、岐阜県関市に4つの工場を構えるメイラ株式会社だ。

メイラは「螺子(ねじ)」屋なんだな。なんと山じい、今度はねじ屋の紹介かいな?? 

ねじ……そんなもん、ホームセンターに行ったら一袋十本入り百円で売ってるやん。それに、規格も全部決まってるやん。取材先尽きてきたんちゃうか?……って、せやけどな君ら、ねじを馬鹿にしたらあかんで。一度ねじをググってみて頂戴。Wikipediaの内容の濃いこと濃いこと。読めば読むほど、分からなくなってくる。ねじは一つの学問領域になってるんだろうな。

さらに国語辞典を引いてみると、「ねじを巻く」とか、「ねじが緩む」という慣用句が載っている。

どんだけ優秀な人材でもねじが緩んでいたら使えない。この山じいみたいに...一回ネジ締めてもらわんとあかんかも。

これら慣用句から、ねじは人間が生きていくうえで相当大切な意味として使われていることに気づく。つまり世の中、大きくねじに支配されているわけ。ねじが無ければどんな最先端の機械も部品も役に立たない。そんな当たり前の定理をメイラの取材で再認識させてもらったわけ。 

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山本五十六とメイラ

さて、まず聞き慣れない「メイラ」という社名。前身が「名古屋螺子(らし)製作所」で、つまりは「名螺」で、メイラなんだ。

メイラの会社の社史を紐解くと、なんとあの太平洋戦争の真珠湾攻撃で有名な、大日本帝国海軍連合艦隊司令長官山本五十六(やまもといそろく)氏が出てくる。

山本長官とねじ?……話が繋がらないと思うよな。彼は真珠湾にいるアメリカ軍の連合艦隊を狙うにあたって、大型戦艦軍団による日露戦争のような戦い方ではなく、航空母艦を基本とした大打撃群が重要になると予見していた。これからの戦争は航空機が支配すると見抜き、実践した大将なんだな。

案の定、大日本帝国海軍が誇る浮沈艦「戦艦大和」は、当時「世界一の戦艦」と謳われていたものの、アメリカ軍の空母打撃群から飛び立った敵戦闘機軍団に簡単に沈められてしまった。

これだけ戦闘機の重要性が増していたにも関わらず、当時日本では、若き将校たちをパイロットに育成する訓練の最中に戦闘機が空中分解してしまう事故が度々あった。戦闘中でもないのに、大事な若人を失ってしまうことの多さを山本長官は憂えていた。

つまりは、戦闘機の性能、巡航速度や、航続距離、戦闘能力を追求しても、飛行中に空中分解してしまったら何ともならないわけで、戦闘機の強度を上げることが喫緊の課題であった。

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戦闘機の性能向上を支えたメイラのネジ

戦闘機の高性能化には軽量化に加えて、飛行による振動や加速重力に耐えられる「強さ」が求められた。そこで、重要な部品として注目を集めたのが「ねじ」だったんだな。軽くて精度が高く、そして何よりも壊れないねじ。

この課題に応えるべく、戦前の昭和7年に、山本長官と、同郷で越後の長岡市にいた大橋新治郎は一念発起して、ねじ作りを始めた。

ねじを作るならば、航空機製造のメッカである地に行くべきだということで名古屋に進出し、昭和10年に「株式会社名古屋螺子製作所」を設立。この創業者が現・大橋真社長の直系のおじいさま。

開業当初は現在の岐阜県関市ではなく、港区大江にある三菱重工名古屋航空機製作所(当時)の近く、南区呼続で産声を上げた。当時はぺんぺん草しか生えていなかったところに本社工場をおったてたそうだよ。盛期には3,000人を超える従業員が昼夜を問わず働いていたそうだ。あのゼロ戦のねじもメイラが作っていたんだよ。すごくないかい?

戦火が本土にもかかるようになり、名古屋も空襲に遭うようになってきたころ、愛知県北部の岩倉市に、軍の指導で疎開工場ともなる第二工場を建設。元々あった紡績工場を立ち退かせたそうだ。大日本帝国がやることはすごいねー。すべてお国のためだったんだろうな。すごく大変なことだったと思う。こんな言い方しちゃいけないんだけど、戦争って科学を進めるのよね……複雑だけどね。平和じゃそんな無理はできないもの。

そして、戦後は民需へ移行し何でも作った。この地に勃興した自動車産業に入り込み、また息を吹き返したそうだ。岩倉工場も手狭になり、メイン工場をさらに立地のよい、ここ関市の工業団地に移設し今に至る。

関と言えば、孫六で有名な刃物の町。メイラと山本長官の故郷長岡も、これもまた刃物で有名な燕三条の近く。どちらも研ぎ澄まされた金属を使うといった点で、何か通じ合うものがあったんだろうね。

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メイラとのご縁

さて、どうして今回メイラを取材することになったのか。以前からメイラが、人工衛星小惑星探査機に使われる特殊なねじ作りをしている会社ということは知っていた。それは山下研のOBで、メイラに入社した学生がいて、研究室に戻ってくる度に、嬉しそうに人工衛星の話をしていたからである。かの有名な「はやぶさ」や「はやぶさ2」にもメイラの高精度なねじが搭載されているんだ。

しかし、残念ながらメイラはここ10年間名工大生の新卒採用ができていないんだ。

かと言って新卒採用をしていなかったわけではない。近年は片手で数えられる程度の人数だけど、近隣の国公立工学部から継続採用している。名工大のことはすっかり忘れられていたのでは…メイラに在職している名工大OBは一癖も二癖もある連中ばかりだから、しばらく距離を置かれていたのかな?(OBは後編で紹介する)

メイラと本学が疎遠になっていると感じていたところで、山じいが組織している「名工大就職サポーター」のメンバーの叔父さんがメイラの人事部長であることが判明。彼女から「おじさんが先生に会いたがっている!」と声を掛けられたんだわ。

またその頃同時に、人事の丹羽さんから直接、新卒採用のオファーが入ってきた。

なんだか攻め方が重厚だなって思っていたら、メイラの人事課の中で「名工大を攻めよう」ということになり、各々つてを頼って名工大にアプローチした結果、みんな山じいの所にたどり着いたんだってさ。いやーご縁を感じるよね!!

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大橋社長の熱い想いに感動

朝8時半に新鵜沼の駅に到着し丹羽さんの運転するホンダのレジェンドに乗り込み、木曽川を渡って20分程走ると、関と犬山の中間に位置する山中の工業団地内にあるメイラのフラッグシップファクトリーに到着。車を降りると何やら丹羽さんの上司っぽい人がお迎えくださり、名刺交換もせず、挨拶もそこそこに会議室に入った。すると、なんとそこには本学のOB、8名が勢ぞろいしており、いやいや恐縮ですよと思ってたら……なんとなんと、先ほど案内してくださった丹羽さんの上司が、びっくり仰天、メイラの第七代目社長、大橋真氏だった。

メイラは従業員数800名を有する大きな会社だ。そこを率いる代表取締役が直々にお出迎えとは……メイラの心意気を感じた。って、これはまだまだ序章に過ぎず、この後メイラの本気度を十二分に感じ取れる事柄があったのだが、それは追々お話しすることにしよう。

さて、この腰の低い社長は創業者の一人である初代社長大橋新治郎の直系のお孫さんに当たるんだけど、取材に伺うまで大橋家が経営に代々関わっていることを知らなかった。社史を見ていたら、やけに歴代の社長の中に大橋姓が多いのに気づき、丹羽さんに確認したところ判明した。

で、腰の低い社長、実は日本の最高学府で工学部出身、それも工学博士なんだ。この規模感の会社で工学博士の社長とお会いしたのは初めてじゃないかなぁ。それも創業者じゃなくね。東大卒業後は天下の東芝で修業されてから、メイラに凱旋帰還された。

大橋家は代々理系ではなくビジネスマンの家系で、そんな中から突然変異のように一流エンジニアが生まれたんだって。大橋社長のあの腰の低さは、経験に基づく確固たる自信から来るものなのだろう。

会議室ではまず社長からメイラの概要についてたっぷりと伺った。その後のOBとの対談や工場見学は丹羽さんが進められるのかなと思っていたら、ナントナント、すべて社長自ら……。朝9時から夜の懇談会終了まで、一日中ご案内してくださったのである。

関にある四つの工場全て、社長と一緒に現場の説明を聞いて回ったんだ。説明する担当者も社長の前だと緊張して話しにくかったんじゃないかねぇ……。それに、各現場では必ずそこに在籍するOBが付き添ってくれた。これは真社長の思いなのか、丹羽さんのマネジメント能力なのか……イヤイヤ、なんぼなんでも一人事担当者にここまでのマネジメントは無理だろう。社長の名工大に掛ける熱い思いを感じた一日であった。

長い一日を通して社長の「名工大生を採りたい」という思いは、十二分に聞かせていただくことができた。ここは名工大生に卸したい一番のポイントである。何はあっても会社のトップの思いが一番大事です。こんな熱い社長(見た目はとってもクール)は見たことがないよ。 

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「天・地・人」はメイラの歴史

さて、そろそろ会社紹介もしなくちゃいけないよね。メイラを表そうとすると、「天・地・人」という言葉が出てくる。「天・地・人」とは、古くは孟子が「天の時、地の利、そして人の和を得た人物が世の中を治める」と説いたもの。

この教えを繋いだ戦国武将が、越後の雄、上杉謙信。彼が青年期を過ごし、旗揚げを行ったのが長岡市栃尾城。創業者 大橋新治郎はこの栃尾城が建つ鶴城山の麓で生まれ育ったそうだ。なんだかすごいぞ、この会社。天下の有名武将、上杉謙信から山本五十六へと繋がっている。とはいえ、メイラが武器を作っているというわけではないのだが。

メイラの「天・地・人」は、天は宇宙・航空機分野【航機】、地は自動車分野【輛機】、そして人は医療機器分野【メディカル】と、この会社の主力製品を表している。

この会社の事業は前述のゼロ戦のねじ【天】から始まり、それが戦後の平和利用で自動車のねじ【地】に至り、航機のノウハウを活用してメディカルのねじ【人】へと辿り着いた。つまり「天・地・人」は、この会社の社史そのものなんだ。 

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超ニッチ商品を展開する航機分野

メイラの主力製品について各部署のキーマンから説明をしてもらった。 

【天】航機分野は横井部長からお話を伺った。やはりメイラについて語るとき、人工衛星を宇宙へ運ぶ「H2ロケット」の話は欠かせない。

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H2ロケットの先端には衛星を格納する「フェアリング」という部分がある。ロケットが予定軌道まで運ばれた後、フェアリングから衛星を放出する。そのときにメイラのボルトが大活躍するんだ。

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強靭性と一定の条件で確実に切れる安定性を持つ特殊なボルト

それはTi合金でできたノッチボルトというとても特殊なボルトで、打ち上げ時の衝撃や振動、そして上昇時の強烈な加速重力(G)には耐えられる強さを持つ。

しかし、最後には簡単かつ確実にノッチボルトがちぎれることでフェアリングの蓋が開き、格納されていた人工衛星が放出されるんだ。

秘密はボルトに刻まれた溝なのだが、詳細はもちろん機密事項であった。500本あるボルトのうち、1本でもちぎれなかったら、横井さんの首はもちろん、大橋社長の首まで簡単にちぎれるそうだ。

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こんなに大きな製品も

メイラはロケットに加えて航空機関係のねじも作っている。航空自衛隊の各種戦闘機において重要部分を締結するねじなどである。もともとはゼロ戦のねじ作ってたんだから、メイラとしては思い入れの深い事業だそうだ。

航空機産業はコロナで大打撃を受けているが、メイラは官民半々の業績で、まだそれほどの落ち込みはないそうだ。

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メイラの稼ぎ頭・ホンダを主顧客とする輛機分野

次に【地】輛機分野だ。こちらは本学OB、加藤グループ長にご説明いただいた。加藤さんはうちの金属工学科出身だ。今でいうと物理工学科だね。輛機部門はなんたって、メイラの稼ぎ頭で、売り上げの8割を占める。ゼロ戦のねじで成り立っていたメイラが、敗戦で仕事を失い、やっとこさで漕ぎつけた民需への転換では、やはりこの地域の主力産業、自動車産業に寄り添ったんだな。従業員の半分以上が携わっている部門だ。

もちろん自動車の各所に使われているねじを作っているわけだが、ゼロ戦で鍛えた技術力を駆使して、特に超軽量、高強度なねじ作りの技術では他の追従を許さなかった。

なんとメイラは、あの自動車レースの最高峰フォーミュラー1(F1)で使用される車のパワーユニット(エンジン系)周りのねじも作っているんだ。F1のモンスターエンジンは、ゼロ戦のエンジンにも匹敵するんだよな。

メイラの輛機部門のねじ作りはホンダや三菱自動車を中心としたトヨタ以外の四輪車メーカーがメイン。なかなか色を出しているよね、この東海で。

道理で今朝のお迎え車がホンダのレジェンドだったわけだ。初めて乗ったよホンダの高級車。もちろん、これからのEV時代にも対応していて、超軽量なアルミ製ボルトの開発にも余念がない。エンジンでなくって、モーター周りだから、特にその電食問題(対異種金属間電気的腐食)には敏感で、コーティングなど、耐電食対策には精力的に取り組んでおられる。ねじといえども、最先端を走っているメーカーは、開発に掛ける思い、能力が半端ではない。

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日本人の骨格にあうプレートを医師と共同開発するメディカル分野

そして、最後に【人】メディカル分野だ。医療用機器に使われるねじの話ですかって?? イヤイヤ、違う。整形インプラント製品だ。平たく言えば、骨折したときに骨の固定に使う、Ti合金製のプレートとそれを固定するボルト(メディカル分野ではスクリューという)だ。

宇宙航空事業で磨いてきた高強度・超軽量ねじに関する技術力を生かして、日本人の骨格に適合した骨接合製品を1995年あたりから作り始めた。

説明してくださったのは本学OB、機械工学科出身の内藤部長である。失礼ながら、少しメディカルという言葉とは外れていらっしゃるお人柄のようにお見受けしたが、8名いる本学OBの中で、一番山じいと馬が合いそうな部長であられた。って言えば、どんなお人柄かは察しがつくものと思う。あはは、失礼、内藤さん。お会いしたばかりだというのに。でも、名工大生対応リクルーターの頭(リーダー)は貴方しかいない。そう山じいは確信し、丹羽さんに強くお勧めしておきました。ご当選おめでとうございます。

山じいは三年前に山で滑落して、上腕骨近位端を折り、まだプレートが中に入っている。上腕骨近位端とは、肩関節にハマっている丸い骨のすぐ下の部分で、高齢者が転倒すると良く折れる箇所だ。内藤さんに確認したところ、これはメイラの製品ではなかった。

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メイラの主製品は、手首の骨折用プレート。手首も年寄りが転んでよく折る箇所らしい。プレートメーカーには各社得意箇所があり、開発にはその道専門の医学の先生が付くそうだ。

おお、なんだか白い巨塔が見えてきそうな業界の話になってきた。後編でしっかりと説明するが、インターンシップに行けば、そのプレートをスクリューで留める手術の練習をやらせてもらえるよ。

ね。ねじ屋さんって言ったって、これだけおもろいことをやっているんだよ。天・地・人、メイラのすごさが分かってもらえただろう。君の作ったねじで世の中の最先端を繋ぎ留めよう。丹羽さんと大橋社長、そしてなんと言ってもメイラ・リクルーター頭の内藤部長がお待ちだよ。

後編はこちら

blog.nityamakei.com

文 山じい
編集・撮影 つかっちゃん

 

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メイラ株式会社

1932年創業、名古屋市に本社を構えるねじメーカー。航空機用のねじから始まり、自動車、医療分野へと事業を展開。高品質なねじの製造によって製造業を支えている。非常に高い技術力が評価され、F1マシンのエンジンや人工衛星打ち上げロケットにまで製品が採用され、また海外にも子会社を持ちグローバル化も進んでいる。

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